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東京地方裁判所 平成5年(ワ)11809号 判決 1994年7月27日

原告 有限会社大阪屋

右代表者代表取締役 金村昌治

右訴訟代理人弁護士 上石利男

河合安喜

被告 株式会社富士商事

右代表者代表取締役 谷潔

右訴訟代理人弁護士 東由明

被告 国

右代表者法務大臣 前田勲男

右指定代理人 山田知司

斉藤明良

主文

一  被告株式会社富士商事は、原告に対し、金一二六六万〇七五三円及びこれに対する平成四年四月八日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  原告の被告株式会社富士商事に対するその余の請求及び被告国に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告株式会社富士商事との間においては、原告に生じた費用の五分の二を同被告の負担とし、その余を各自の負担とし、原告と被告国との間においては、全部原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

理由

一  被告会社に対する請求について

1  請求原因1ないし3の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

そして、このように仮差押決定が保全異議手続において取り消され、これが確定した場合には、他に特段の事情がない限り、仮差押申立人において過失があったものと推認するのが相当であるが、右申立人において、その挙に出るについて相当な事由があった場合には、右取消しの一事によって同人に当然過失があったということはできない。

2  そこで、右相当の事由の有無について検討する。

(一)  まず、前示争いのない事実と証拠(≪証拠省略≫、原告及び被告会社各代表者)及び弁論の全趣旨によれば、被告会社が本件仮差押の申立てをするに至った経緯に関し、次の事実を認めることができる。

(1) 原告ないし金村は、肩書住所地において焼肉ランド・大阪屋という焼肉店を営んでいるが、狭山市への出店を企図して、本件土地を購入することとした。

なお、原告は、後記の原告所有土地を購入するまでは、自社所有地がなく、金村所有の土地を利用してきたものである。

(2) 原告側と被告会社との間の本件土地売買交渉に際しては、原告と金村のいずれが買主になるかは、いずれからも特別問題にすることがなかった。そして、平成二年六月二〇日、小川信用金庫坂戸支店において、本件土地売買契約書を取り交わすことになり、その際、原告側では、金村個人が買主になることを決定し、被告代表者の面前で、金村が重要事項説明書及び売買契約書に署名押印し、被告会社も、金村個人に宛てて、手付金一億円の領収証を作成交付した。

(3) その後、原告側と被告会社間に、本件売買契約の条項をめぐって紛争が生じ、平成三年一二月ころには、金村から、被告会社に対し、本件売買を取りやめる旨の意向が表明されたりした。

(4) そこで、被告会社は、平成四年四月一日付けで、残代金五億円の債権を保全するため、原告と金村両名が本件土地の買主であると主張して、原告を債務者とする原告所有土地の仮差押を求めるとともに、金村を債務者とする金村所有物件の仮差押をも求めた。

これに対し、担当裁判官は、同月八日、いずれも四〇〇〇万円を限度とする支払保証委託契約を締結する方法による保証を立てさせて、右申立てをいずれも認容し、翌九日その執行(本件仮差押登記)がされた。

(5) これに対し、原告及び金村が保全異議を申し立てたところ、担当裁判官は、平成四年一一月二七日、金村に対する仮差押決定は認可したものの、原告に対する本件仮差押決定については、被保全権利の疎明がない(原告が買主であるとの疎明がない)として、これを取り消す旨の決定をし、原告所有土地についての本件仮差押登記は同年一二月一六日抹消された。

(二)  そして、前掲各証拠と≪証拠省略≫によれば、次の事実も認められる。

(1) 前記手付金は、原告振出の小切手で支払われた。

(2) 本件土地上に店舗を建築するための、開発行為許可申請及びそれに関連する書類、建築物確認通知等はすべて、原告名義ないし原告に宛ててなされていた。

(3) 原告は、平成四年三月四日、原告所有土地を買い受け、その地上に、焼肉店を開店するための工事に着手したが、その際の、概算設計見積書、山林伐採整地工事費用の請求書及び領収書が、原告ではなく金村個人宛となっていた。

(4) 原告は、昭和六一年一一月六日に設立された、焼肉料理店経営等を目的とする資本の総額五〇〇万円の有限会社であって、その役員は金村とその妻の静子のみである。

(5) さらには、被告会社が本件仮差押を申し立てた後ではあるが、金村個人ではなく原告を代理する弁護士が、平成四年四月六日及び同年五月六日付けで、被告会社に宛てて本件売買契約解除通知の内容証明郵便を送付している。

以上の事実が認められ、これらの事実によると、被告会社が、原告も本件土地の買主であると判断したことには無理からぬ面がないではない。

(三)  しかしながら、≪証拠省略≫及び被告会社代表者尋問の結果によれば、

(1) 被告会社は、本件仮差押の申立てをする際、原告所有土地には極度額三億円の根抵当権が設定されており、その余剰価値はないと判断していた。

(2) しかし、被告会社は、原告所有土地に仮差押登記をすることによって、原告がしている右土地の開発行為許可申請手続における同意を要する利害関係人(都市計画法三三条一項四号)となり、原告ないし金村が本件土地を引き取るまでは、右許可がなされないようにすることを主たる目的として、本件仮差押申立てをした。

ことが認められ、この事実と前記(一)(2)の事実を考え併せると、被告会社が、本件仮差押の申立てをするに当たり、原告も本件土地の買主であり、残代金五億円の支払義務を負うと主張したことには、到底相当の理由があったということはできない。

(四)  したがって、被告会社が原告に対して本件仮差押の申立てをしたことには、少なくとも過失があったというべきであるから、被告会社は不法行為責任を免れない。

3  次に、原告の被った損害について検討する。

(一)  まず、原告は、原告所有土地における焼肉店開業準備のための建築準備費等の諸費用が損害であると主張するが、本件仮差押決定によって原告の右計画の実現が不可能となったことを認めるに足りる的確な証拠はないから(むしろ、原告代表者の供述によれば、原告は、未だ右計画を実現する意思を失っていないことが窺われ、本件仮差押決定の取消しによって、開発行為許可を得るための障害もなくなったのであるから、他に特段の事由の認められない本件においては、これからでも十分右計画を実現する余地はあると推測される。)、右決定によって工事、開業が遅れたことによる損害は別として、原告主張の諸費用が被告会社の本件不法行為と相当因果関係のある損害とは認めがたい。

(二)  ≪証拠省略≫及び原告代表者尋問の結果によれば、原告は、飯能信用金庫から、平成四年三月四日、原告所有土地上の店舗建築のために、二億九五〇〇万円を利息年六・五パーセントの約定で借り入れたことが認められるところ、本件仮差押決定によって、原告の開業が遅れ、それだけ右借入金の返済も遅れることになることは明らかであるから、右期間の利息は本件不法行為と因果関係のある損害というべきである。

したがって、被告会社は、本件仮差押登記の日である平成四年四月九日からその抹消登記のされた同年一二月一六日までのうちの二四一日分の利息に相当する一二六六万〇七五三円の損害を賠償する義務がある。

(三)  さらに、原告は、特別土地保有税相当の損害賠償を求めるが、これを認めることはできない。

確かに、≪証拠省略≫及び弁論の全趣旨によれば、原告は、原告所有土地に関して、平成三年七月一日から平成四年六月三〇日までの取得分にかかる特別保有税として七一二万八四〇〇円、保有にかかる平成五年度の特別土地保有税として三五八万五四〇〇円を納付したことを認めることができる。

しかし、右取得分にかかる保有税が、原告主張の遊休土地に対して課する特別土地保有税に当たらないことは明白であり(課税客体は「遊休土地」であって、その取得は客体となっていない。地方税法五八五条、六二一条参照)、また、保有分に関する保有税についても、原告所有土地が右六二一条の要件を満たす遊休地であることを認めるに足りる証拠はなく、これも、むしろ、地上の建物の存否を問わず賦課される同法五八五条に基づく保有分に対する特別土地保有税である可能性が大である。

したがって、右保有税相当分は、本件仮差押決定がなくても当然に原告が納付すべき保有税であり(本件全証拠によっても、原告の原告所有土地の取得、所有に対する保有税について、同法五八六条所定の非課税事由があるとは認められない。)、本件仮差押決定によって原告所有地上に原告の店舗が建築できなかったことによって賦課されることになったものではないというべきであるから、本件不法行為に基づく損害とは認められない。

二  被告国に対する請求について

1  そもそも、裁判官がした争訟の裁判に上訴等の訴訟法上の救済方法によって是正されるべき瑕疵が存在したとしても、これによって当然に国家賠償法一条一項の規定にいう違法な行為があったものとして国の損害賠償責任の問題が生ずるわけではなく、右責任が肯定されるためには、裁判官による誠実な判断とは認められないような不合理な裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別な事情があることを必要とすると解すべきである。

2  ところで、原告の主張するところは、要するに、単なる事実認定の経験則違背をいうにすぎないから、これは専ら上訴等によって是正されるべきであって(本件においては、現に、保全異議手続においてその是正がなされている。)、これを国家賠償法上も違法であるとして損害賠償請求をすることは許されないというべきである。したがって、原告の被告国に対する請求は主張自体失当といわざるを得ない。

三  以上によれば、原告の被告会社に対する請求は本件不法行為に基づく損害賠償として一二六六万〇七五三円及びこれに対する不法行為の後である平成四年四月八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余及び被告国に対する請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条ただし書を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 赤塚信雄)

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